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返却の期限 その2
Appleの創始者スティーブ・ジョブス氏56年の旅が昨日幕を閉じました。

今生という旅を終え、空港(Source)に戻っていったのです。

・・・

「返却の期限」、つまり貸し出し期間、

例えば図書館の本の貸し出しなどがそうですが、

この期限があるということは人生そのものにも当てはまることだと思います。

私たちのこの体は、誰しもがいつかは返却のときを迎えます、例外なく。

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この返却の期限を考えるとき、旅というものが重ね合わさります。

旅はいつかは終わるもの、

旅の最中はこのいつか終わるということを意識しているからこそ旅そのものが楽しいのではないかと思ったのです。

それはいつ終わるのかが明確であればあるほど。

いつ旅が終わるのかを意識することで、逆に今という瞬間に気持ちが向き始めるのではないかと。

いまという一瞬一瞬を味わうことができるのではないかと。

・・・

そして、生きる上でこの期限があるということが様々なものごとを押し進める推進力にもなります、

期限が切迫することで逆に今に意識が集中するのです。

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何かいろいろ書こうと思いましたが、今を生きることを体現した人の言葉にはかなわないので、

ステーブ・ジョブス氏が2005年にスタンフォー ド大学の卒業式で行ったスピーチをどうぞ。

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返却の期限
私たちの普段の生活には常に何かしらの期限というものが付きまとっています、つまり〆切です。

自分の場合だとそういった〆切というものに今まであまり良いイメージを持つことができませんでした。

「もっと〆切が遅ければ・・・」と考え、期限というものにポジティブな視点というものを持てないでいたように思います。

そんな〆切というものに対してあるとき、ふと実はポジティブなことだったんだと思う瞬間がありました。

その閃きは自分オリジナルのものというわけではなく、特に斬新な閃きというわけでもないですが、その瞬間のアハ体験は何かしらの真実に触れたような感覚を伴う強烈なものだったように感じます。

・・・

アイディアの2つ目はこの〆切について、返却の期限というテーマで書いてみたいと思います。

つづく
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泥団子だよ人生は その4
お団子をこつこつとなだらかにしていくうちにふと気がつくと、



泥であったはずのお団子が見事な球体となっています。

今まで自分に身につけてきたたくさんの情報が何一つ無駄なく、この完璧な光り輝く球体を構成する要素となっています。

それは自分の純真性の象徴であった真珠を包み込み、それと何ら変わらない光を放っています。

そうやって生まれたときよりも一回り大きな、生まれたときの純真性を包み込む純真性を身につける。

それが人生において一人一人が目指していくものであり、テーマなのだと。

例え完璧な輝きに達する前に命を全うしたとしても、そこへ向け取り込んだ情報に無駄なものはなく、必要なものをそのときそのときで選んでいるのだと。

それはゴールであるとともにスタートに戻ることなのだと。

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そんなことをふと思った3年前の朝でした。

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そんなテーマを扱っている映画が「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」なのではないかなと思います。



泥団子だよ人生は 完

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泥団子だよ人生は その3
たくさんの泥をくっつけてお団子を大きくしていく、

これがまずもって人生における最初の段階です。

このようなお団子を大きくしていくということが、人が成長するということにおけるたくさんの情報を自分の中に取り込むということであり、

人生における様々な場面において必要なことなのだと思います。

ただこのような情報を取り込むということをずっと続けるのではなく、

ある時期に来ると次のステップに移っていきます。その時期は人それぞれですが。

それが大きくした泥団子の表面を球状に近づけていくという作業。

お団子を大きくしようとしていた今までの作業とは少し違い、お団子の表面をなだらかにしていくという作業。

この作業はいったん忘れてしまった自分自身の純粋性に近づけていくという作業でもあります。

つづく
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泥団子だよ人生は その2
かなり大げさな題になってますが、

あくまでも自分が寝起きの半分寝ぼけている状態で感じたことなので

ふーん、そうなんだ

という軽い感じで読んでいただければと思います。

そしてこれはその当時の自分の人生観のようなものですが、あくまでも思いつきです。

・・・

泥団子を作る上での最初の行程となるのは泥を手で固めて大きな塊を作っていくことですね、

これが自分の中では、自分自身にたくさんの情報を取り込んでいく、ということに重なりました。

情報を取り込むということがつまりはその人のお団子の大きさになっていくのだと。

・・・

そのお団子をこねるというか固める作業をどれくらい続けるかということも決められているわけではありません、その人の思うまま、作ってみたい大きさになるまでお団子を大きくしていきます。

これが人生における最初の段階だと思ったわけですね。

本来の泥団子であれば、中心となるものはありませんが、自分が感じた泥団子はその中心に真珠を入れてあり、それを核として団子を大きくしていきます。



この真珠というのは一人一人が持って生まれた純真性の象徴です。

人生においてはよくも悪くもいったん自分の中に真珠があるんだということを忘れてしまいます。

つまり泥団子を大きくするということが自分の中の目的になるのですね、まずは。

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つづく
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泥団子だよ人生は
みなさんは泥団子というのをご存知でしょうか、

「泥団子」と検索していただければ出てきますが、まあすばらしい球体の数々。

まさか、これが泥だったの?

と思ってしまうような見事な団子っぷり、そして光沢感。

・・・

自分がなぜか閃いた一つ目のアイディアがこの泥団子に関係するものです、

数年前の話になりますが、朝起きるとなぜかふとこの泥団子を作るという過程と、人生というものに共通している部分があるなと思ったわけです。

というよりも人生って泥団子作るみたいなことなんだと思ったのですね、なぜか。

なぜそのようなことを思ったのかは未だによく分かりませんが、その当時やっていた大学の授業課題の影響だったのかもしれません。

・・・

つづく
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アイディアの不思議
アイディアとはどのような形で訪れるものなのでしょうか。

思いつこう思いつこうと思ったときにはなかなか思いつかず、何気ないときにふいに訪れる、そんなことが自分の経験の中では多かったように感じます。

その訪れ方もいろいろで、目が覚めたとき、バスに乗っているとき、窓を見たときなど。

ただそれらに共通していたのはリラックス状態だったという気がします。

・・・

そのようなふいに訪れるアイディアの中でも、アイディアの質というべきなのか、ときに強烈なインスピレーションとして自分の中に訪れたアイディアがいくつかあります。

これから数回なのかそれ以上なのか、このブログでは自分が強烈に感じたアイディアというものを書いてみたいと思います。

ボディートークとは一見関係ないかもしれませんが。

つづく
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